金の伝導

この世のあらゆるものには、どのような価値があると思いますか?例えば私は、ぬいぐるみが好きなので、あらゆるぬいぐるみには価値があると思います。その価値は、「自分の見える範囲にあること」だと思っています。

ではお金はどうかというと、わたしはお金も好きなので、あらゆるお金には価値があると思っています。その価値は、「お金を払うこと」だと思っています。


「私はお金を払うためにお金がほしい」と考えると、なんだか変な気分になってしまうのですが、正直私はこの意見をなかなか捻じ曲げることができません。


皆さんは、お金に価値があると思いますか?

お金にはどんな価値があると思いますか?


お金を持つこと?それならば、節約して1億円を稼いで、「1億円を持っているぜ!」と心の中で叫んだら終わってしまうような?

お金をもらうこと?それならば、お金をもらった時点で、もうお金を焼き払ってもよいのではないでしょうか?

お金を見ること?それならば、人の稼いだお金を見るだけでよいのでは?


いろいろ考えていくと、お金というのは、「払った瞬間」に価値が生まれるような気がするのです。

皆さんは、お金に対してどのような解釈を持っているでしょうか?

分からない人のために、ここではよくある有名な3つの「お金の解釈」を紹介します。


1.お金は変換するものである

この解釈はもっとも純粋です。努力とは、お金へと変換されるものであり、

またお金とは、自分のほしい別のものへと変換されるものである、ということなのですが、

まず疑問なのは、「努力はお金へと変換されるのか」ということです。

誰も見ていないところで、血のにじむような努力をして、

その努力が真価を発揮する機会がなければお金にはならないのではないでしょうか?

次に、「お金は自分のほしい別のものへと変換されるのか」ということです。

例えば好きな漫画が出版されていて、続編が見たいなと思い、

お金を出して著者に貢献したとします。果たして、必ず次巻は出るでしょうか?

次巻が出る確率を買う」というとらえ方はできますが、最終巻を読んで、

続きが読みたいなと思って本を買ったり、続きを期待して買ったのに翌日著者が亡くなるというような特殊なケースにおいては、お金は必ずしもほしい別のものへと変換されるものではないかなと思います。


2.お金は信用である

これも非常に興味深い解釈です。お金とはすなわち信用であり、取引や契約によって、信用できるものにはお金が入ってくる。そして、お金を払うということは、その相手を信用するということであり、お金をたくさん持つことは、強い信用を表す。

納得がいく内容ではあるのですが、同意するにはまだ少しパンチが足りないように思います。


3.お金は伝えるものである

私の考えとしては、これがもっともしっくりきます。お金とは、何かを伝えるものであり、

お金そのものに何かの価値があるというよりは、お金の動きに価値があると思います。

誰かが、誰かに、いくら払う。その行為によって、誰かから誰かに、何かが伝わるわけです。

会社が政治家に賄賂を送れば「合図」が伝わり、

誰かとの契約金を振り込めば「合意」が伝わり、

読者が単行本にお金を出せば「応援」が伝わるのではないでしょうか?



このように、お金の解釈はいろいろあります。もっと新しい解釈もあるかもしれません。

お金というものがどんなものなのか、もう一度見直すいい機会ではないでしょうか?

最近の支払いを見て、いろいろ考えてみるのもいいかもしれないですね。


「そのお金は、何を伝えたものですか?」

「そのお金は、誰に伝えたものですか?」

「そのお金は、誰が伝えたものですか?」




トオルンのブログ

日常生活から趣味はぷよぷよやら音楽小説数学情報論理にポエムやお絵かきそして大会や太鼓などの音ゲーと、 もはやジャンルというものが存在しないブログです

0コメント

  • 1000 / 1000