正解なんてあるものか!!

「ほら,この子とこの子,いつも同じところを間違えているんですよ,席も隣だし」.これは中学校時代の教師が口にしていた言葉です.あまりに衝撃で,今でも覚えてきますし,きっと僕以外の人はあんまり聞いたこともないような言葉だと思います.

その日のこと,僕は金曜日でありながら,学校に忘れ物をしてしまったので取りに帰ったのです.もう6時,まさに校門が先生によって閉められている時でした.なぜ僕しかこの言葉を聞いたことがないのか,言わずともわかることだと思います.

教室に入るため,2階へ上るのですが,その前に職員室を通るわけです.あいにく耳には自信がある人間だったので,職員室で誰かが話をしているところを,運悪くも聞きつけてしまいました.忘れ物をしていたことも忘れて,いつのまにかドアに耳を傾けていました.

「うわあ,ほんとですね.でも記述問題は違っているように見えますけどね」

「ええ.記号問題くらいしか一致してないけど,この二人だけちょっと異常に見えませんか?例えばこの問題・・・記号問題なので難しく作ったんですけど」

「・・・これは,10問とも全部一緒ですね」

カンニングについては,疑ったことはありませんでした.いつだって目の前に先生がいるもんですから.でも《10問正解》という言葉に,その考えはひっくり返りました.

「こんなに同じっていうのは怪しいですね.ふるいにかけてみてはどうですか?」

「次のテストで本当にやってるかどうか,確認してみるつもりです」

その一言で会話は終わりました.その言葉が気になって,我を忘れて家に帰り,パソコンを開いて,「ふるいにかける」を調べました.忘れ物も忘れたままでしたが,その会話だけは忘れませんでした.


この翌週,その先生が授業で言うんです.

「みんなが100点を取ってくれると,先生はもちろんうれしいです」

それからです,先生というものを,信じなくなったのは


先生というのは,100点を取ってほしいとは微塵にも思っていないと思いました.

10問一致したくらいで不思議に思う先生が,全問一致を疑わないわけがありません.

その言葉は,明らかに理不尽で,納得がいきませんでした.


カンニングの噂が立っている人が2人とも知り合いだったので,一緒にテスト勉強をしました.一緒に勉強して,自分だけ低い点数だったらカンニングを疑ってもいいだろうと,思ったのです.そいつらはもともと賢い奴らだったので,なかなかテストには出なさそうな所を一緒に勉強しました.


その次のテストが,やってきたわけです.


僕の成績は飛躍的に上昇し,学年で3位に入りました.

「すごく進歩しましたね」






それからです,僕がカンニングを疑われるようになったのは

その時は,まったく嬉しくない結果でした.カンニングを暴きたかったはずなのに,まさかカンニングでないことを体を以て証明してしまったからです.

それと同時に,少しは予想していた結末でもありました.


同じであるということは,それだけ,良くないということです.正解があるものでさえ,似ていると疑いの対象になります.将棋でもコンピューターの差し手と似すぎているだけで怒られたりしますし,彼らに疑いを晴らす方法はありません.


では,私たちはどうすればいいのかというと,ただ一つしかない正解を,全員が書けばよいのです.別に解が一緒になっても気にすることはありませんし,なんなら記述問題が模範解答と一字一句完全に一緒だったとしても明らかに正解であることには変わりありません.どこまで一致したらおかしいとか,そんなもの,どこにも正解なんてないんです.

それなのに私たちは,その目標が達成されると,まず間違いなく疑ってしまうでしょう.それはなぜですか?確率が低いからですか?だとすればガチャ単発で超レアキャラ当ててる人だって疑われると思いますし,宝くじが当たった人もまず先に不正を疑われるでしょう.それ以上の確率だとおかしいだとか,そんなラインなんてないんです.

同じミスをしたらどうでしょう?正解は1つしかないけど不正解はいくらでもあるんだから不正解が一致することなんてそうそうねえだろうという人も多いでしょうが,知識が少ない小中学生ほどミスるパターンが一致しているものはありません.だいたいみんな失敗するところは一緒ですし,それが人間らしいといわれることだってあります.


同じであれば変だが,求める結果は全員が100点であること.それはその一文で矛盾していながら,今の私たちには理解できてしまうものです.

納得してしまうのもまた,人間の持つ共通のミスなのかもしれません.

分からない記号問題をとりあえず3にしてしまうのも,共通かもしれません.

何かと同じだった時,それがどれほど良いことであっても,「同じでよかった~~」と思うときと「たしかに嬉しいけど同じはおかしい」と思うときがあるでしょう.

その違いもまた,共通かもしれません.


同じ趣味だから,同じ趣味の会話ができます.

同じレベルだから,互いに切磋琢磨できます.


違うこと,珍しいことも,良いことです.それと同じくらい,

同じであること,珍しくないことも,良いことなんです.




トオルンのブログ

日常生活から趣味はぷよぷよやら音楽小説数学情報論理にポエムやお絵かきそして大会や太鼓などの音ゲーと、 もはやジャンルというものが存在しないブログです

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