時間を売るな

やはり時間というものは大切で、時間には限りがあるので時間をあまり売るわけにはいかない。

しかしお金というものも大切で、お金にも限りがあるのでお金をあまり使うわけにもいかない。

しかしさあることを考えていて思うことなのだが、1時間を1000円で売る(時給1000円のバイトのことだと思ってほしい)は釣り合うのか?という話だ。

1日3時間どこかで働いて3000円もあれば三食外食でもいけるぜ~~みたいなのも聞くが、

やっぱり大学生というのはお金に困るグループに属していて、家賃とかサークル費とかに

お金が溶けていってしまうとなると厳しいもんがあるわけだ。

それを考慮してみても、個人的には1時間を1000円で売るというのはちょっと考えられないのだ。

別にバイトしてる人を非難してるわけじゃなく、自分から見て「俺の1時間を1000円で売るなんてできねえな」という話だ。

そして時間の価値というのも変動するものであって、例えば小学校は6年、中学校は3年、高校は3年というように、時期が短いものはやはり価値が高いように思う。そして大学生というのはそれに加えて自由度が高い。バイトなら大人になってからもできるだろうし、高校でやっている人もいるだろうし、なにより職を持っていないメリットのある大学生は出来ることが多すぎる。

旅にだって出られるし、休学とか留年も体験し放題(有限ではある)、家を多少開けても許される、酒もタバコも解禁されてなんとも喜ばしい。こんなにいろいろ同時に解禁されてしまうと大学生のうちに全部体験するのは無理なんじゃないかと思うくらいだ。

そんな自分の時間を俺は到底1時間1000円、いや、3000円でも売れる気がしないのだ・・・

毎日こうやってTwitterを見てるだけなんてもっといやだ・・・というのもあって、

無駄に趣味だけは繋いでいるようにも感じる。

こうやってかくブログもそうだ、1円も金になるわけではないけれど、不思議と書きたくなったりするもので、恒常化すると案外楽しめる。

作曲もいまはあんまりやってないが、これも1円の価値があるわけでもないのにちょっと没頭しちゃうこともある。

最近書いてる絵だってそう、ゲームの記録だってそう、もしかしたらそのときしか出せなかった遺産だったのかもしれないと思うと、1時間に数万以上の価値を見出すことだってあるし、もっと時間がほしい。

しかしこれまたタチが悪いのは「拘束」だ。授業というのはまさに講義を聞くことであって、その講義を聞く90分に価値を見出さないといけない。その教授の発言に90分の価値があるか?毎回問いただせ。高校生でもそうだ、この先生の授業に50分の価値があるか?もちろん8割くらいの確率で価値はある。そのときしか聴けない授業だ、そんなの当たり前だ。でも教授のなかに教科書をただ読ませるだけだったり、スライドを読むだけだったりといった、時間を払うことの価値を見出せない授業というのはある。それは教授が悪い。寝ろ。授業など聴くな。なぜ寝ているかと聞かれたらお前の授業に価値はねえと言ってやれ。それなのに拘束するなどと、タチの悪い中年の輩はいるものだ。

私もあと半年もたてば研究室へ行くこととなる。そこにも拘束時間はあるだろう。

その拘束時間は妥当なのか、有意義なのか、自分のしたいことが含まれているか、など、いろいろ調べなければならない。

職場もそうだろう。残業代が出るからといって仕事もないのに無駄に会社に残るのもむしろ歓迎だ。会社が残業代なんて払うのが悪い。もっと言えば仕事が終わったら3時でも昼でも解放してやればいいじゃないか。

こういう俺の語る理想論を完璧に破壊しにくるのが「道徳」というヤツで、

俺が一番キライな学問であり、一番理屈を伴っていないのに一番優先される面白い学問だ。



みんなも勉強するといい。

トオルンのブログ

日常生活から趣味はぷよぷよやら音楽小説数学情報論理にポエムやお絵かきそして大会や太鼓などの音ゲーと、 もはやジャンルというものが存在しないブログです

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