名前

自分の名前、商品の名前、ブログのタイトル、ハンドルネーム・・・世の中には様々な名前があります。そしてまたすべての名前は意味を持って生まれます。

でも名前に本当に意味があるのか、不安になるときが多々あります。たとえば絵の世界、書かれた絵に画家が名前を付けるとしてどんな名前を付けるでしょう。「森と人が写っているから《神秘の森》とかどうかな?」「なにか怖いものがバックに写っているようにも見えるから《恐怖》という名前にしよう」と言った、様々な理由から絵にタイトルはつけられると思います。それもまた、作者の自由と、思っては・・・・思ってはいるのですが、どうしても納得できない時があります。

それはどちらかというと絵よりも曲の方が見ることなのかもしれません。絵や絵画で、読めないタイトルというのはほぼほぼありません(英語の場合でも、ちゃんと日本語訳は存在していることが多いです)。ですが、曲の世界では、読めないタイトルの曲もさることながら、その曲の、「どこにその要素が感じられるのか」全く分からないということが、もうかれこれ10回以上あります。

じゃあ曲のタイトルってどうやってつければいいんですか?と聞くのもまたおかしな話です。曲をなんとなく作っていて、それでいいタイトルが決まるかっておかしいじゃないですか。適当に作ったものに存在価値なんてない、「らくがき」とでもつけておけばいいんです。曲を作る前から、こういう曲を作りたいっていうのが固まってないと、そもそも曲なんて完成しないはずなのに・・・いえ、その方法で完成させる人もきっといるでしょう、私には、その方法が分からないだけなのかもしれません。

では、作りたい曲を決めて作っていたが、大きくそれてしまった、こんな時でも最初から予定していたタイトルをつけていいのか?と聞くと、世の中のほとんどの曲がこうだと思うんです。

これって一番手っ取り早くて、例えば牛丼つくりまーすって言って、材料なにもないからおにぎり作って牛丼って名前にしました~~っていうのと同じ領域だと思うんです。

そして問題になった人の名前です。読みがどうとかは別にいいとしてその名づけに意図があるのか、というところです。曲や絵とは違って創作物ではなく人につけるのですが、創作物とおなじく名付けられる側に拒否権がありません。価値観を植え付ける絶好のチャンスってやつです。



とまあひどい話を語ってしまいましたが、たまには考えてみてください。

自分の作ったものに、適当な名前をつけてないか、自分の授かった名前に、どんな意図があるのか。

もし答えられない親がいたら、それはある意味で親失格であるのかもしれません。

ハンドルネームも一緒です、なんでこんな名前つけたのか。

ゲームやSNSでのIDもそう、なんでこんな文字列にしたのか。

本名そのままだとか、友達からこういうあだ名つけられたからとか、自分の好きな物・人の名前であるとか、とにかく理由を忘れないようにしてほしいです。いざ自分の名前に疑問を持ち、答えられないというのは、もう自分が信じられないに等しいほどでありましょう。


あっ僕の名前ですか?女神から授かりました。

トオルンのブログ

日常生活から趣味はぷよぷよやら音楽小説数学情報論理にポエムやお絵かきそして大会や太鼓などの音ゲーと、 もはやジャンルというものが存在しないブログです

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