転売でつぶれた農家

今となっては,2年ほど前の話.ジョギングで外を歩いていた時に,とある「農家」とあったことがある.といっても,その人はこれから農業をやめると言っていた.

なんでも,転売屋に絡まれ,完全受注生産を始めてしまったそうである.顧客を失ったその農家は知り合いに衣食住を頼み込み,九州を出ていくと決めたらしい.

転売に絡まれた時の対処法はたくさんあるが,「完全受注生産」や「要求販売」は本当に罠だと思う.リボルビング払いより嫌な印象がある.でも,個人事業主の90%くらいはこの怖さに気づかずにハマって潰されているような印象を受ける.

その農家はよくわからなかったが,来年があるからもう一度やってみてはどうか,と尋ねた.農家はただ,"俺にはできない" と言って,去っていった.

転売の理屈を分かっていないだけで,こうも人生が傾くものか.あの時,そう思った.


転売の目的

まず一つの誤解として,転売の目的は,直接買うことや直接売ることではないことも多くある.転売のコマとして多く見られるのはゲーム機だ.なぜゲーム機が転売されるのか?

それが,ゲーム機がお得な商品だからである.冗談ではない.本当にそうなのだ.

ゲーム機というのは,基本的に本体とソフトが両方あって初めて利用可能である.このような商品は,基本的にハード側の料金を落とし,ソフト側の料金を上げる作戦を取る.

ハード側の値段を落とすことで,まずは手が届きやすくするのが基本だ.これはもうゲーム機とかではなく,プリンターとかでもそう.まず「顧客の土俵に立ってもらう」ことが大事なのだ.ハードを手に入れた顧客は,「もうハードにお金を消費しているから,財布のひもが緩みがち」「ハードがあるのにソフトがなくては意味がないから」などの理由から,多少は値段が高くても必ずソフトを購入する傾向にある.なので,ソフトのほうで利益を稼ぐ.

これは,割と商売の基本みたいなものだ.

プリンターも,本体を買ってからインクを売って利益を稼ぐ.コンサートチケットも,チケットを売ってから,現場のグッズで利益を稼ぐ・・・なんてことがほとんどだ.


だから,「本体は,売れば売るほど損をする」という根本的な部分が,顧客には理解されにくい.よく「転売屋がいやならそれだけいっぱい生産すればいい」なんていう人がいるが,あれはしっかり間違っている.そんなもん,企業の首を絞めているようなものだ.

転売屋は,ゲーム機を買った後,分解して商品を個々に売ることもある.携帯ゲーム機についているCPUは,そのコンパクトさが非常に優秀で,インチキなモバイルPCをDSから作るなんてのはもちろん,PS4の録画システムを引っこ抜き,そのままキャプチャーボードとして売り飛ばすなんてのもある.PS5やNintendo Switchも,それと同じ道を歩むのは見ていて当然のような気がしてならない.


生産能力

転売をされている側が一番気を付けなければいけないのは,自身の生産能力だ.生産能力とは,自分の持っているコストに応じて,コストがマイナスにならずに製造できる商品数,ということだ.


例えば,200円でペンを購入して,100円で紙を10枚購入して,100円で売れる色紙が10枚できたとする.

この場合,支出は300円で,n個の色紙が売れた場合,総額は100円 × n個 = 100n円である.

10≧n かつ 300≦100n,つまり 3 ≦ n ≦ 10 であり,生産能力は3~10枚ということになる.

生産能力を下回っても上回っても,利益にはならない

2枚しか売れなければもちろん200円しか儲からないから損であるし,

11枚売れるとなると,生産コストが無限になるからである.(存在しないものから生産することはできないので,その場合は生産コスト = ∞として考える)


「100円で紙を10枚購入できたんだから,200円で紙を20枚購入できる」とは絶対になってはいけない.ここは結構な落とし穴である.

今すぐコンビニでクッキー100袋買ってくれば,すぐ分かる.

そもそも店にクッキーが100袋もないってことに.


そう,物には必ず限りがある.

そして,それこそが転売屋が存在する理由でもある.


例えば,農家が生産する野菜には限りがある.いくつできるかもわからず,出来るまでに1年もかかってしまうような農家に,「要求販売」なんてものは絶対にできない.

地元の常連に売るものさえ食い切られてしまっては,農家は一時の儲けと引き換えに将来の常連を失うことになってしまう.今回出会った農家は,そうだった.

鉱石や電力なんかも同じである.鉱石を無制限に輸出してしまっては,国内の需要にも耐えられず崩壊する.鉱石を必要とする人も,鉱石を売る人も,どちらも崩壊する.電力を無制限に使っては,いずれ電力不足からの停電が発生し,いままで供給できていた場所すらも大ダメージを負ってしまうことになる.ここに目を付けた戦術が,転売である.

転売とは,「売る」ことではなく,「売れなくする」ことに意味があるのだ.


生産者が商品を売れなくなった時,その生産コストは無限であり,必然的に

購入者の購入コストも無限である.

購入者がもしその商品を購入できないことで n 円の損をするならば,

転売屋はこれを n-1 円で売ることで,購入者に買わせることができる


お金じゃなくても,命にかかわるものが買えなくなれば,100万だろうか買わせることができる.例えば,水道が公共事業でなくなってしまうと転売の対象にされてしまうが,この場合は「水がないと人は死ぬ」はずなので,たとえ何百万だろうが「水」は売れるということになる.(ちなみにこれは日本の他人事ではなく日本の話で,数年前にこれを実行しようとしたのが麻生太郎である.未遂に終わった)


この転売がなくなる方法は,具体的に以下の1つしかない.

(1) 転売されている商品の価値が下がる

(2) 転売される商品の価値が上がる


(1) は,いわゆる「不買運動」のひとつともいえる.転売屋の購入した商品の価値を下げることで,転売を防止する.「このチケットは転売屋が購入したから,無効(0円)にします」と企業が言ってくれれば,転売の収益が0円になるので,それで転売は消滅する.

時代によって新規商品が登場し,過去の商品の価値が下がることでも同じ現象が発生する.こちらも,転売の収益が落ちるため,やや遅くはあるけれども,転売は消滅する.

顧客が「転売屋の商品だから買わない」とするのは,意味がない.顧客全員がその姿勢を持つ必要があり,とても実現できないからだ.


(2) は,逆に「おひとり様1名限り」などの企業側の行動などが近い.転売目的で購入される商品が購入できなくなる( = 価格が無限大になる)ことによって,転売の始動が不可能になるので,それで転売は消滅する.

「犯罪歴のある人」など,企業側が転売屋を見抜いて価格を無限大に引き上げることでも,転売屋を消滅させることができるが,こちらは非常に難しい解決策である.

現状,個人を特定することが難しく,まだマイナンバーカードも普及していない状況で,転売屋かどうかを見抜く,というのはそもそも絶望的だ.


(1)と(2)にはそれぞれ問題点があり,それはどちらも「企業が転売屋を選別できることが前提」であることだ.そして,それは本当に難しい.現在でも,転売屋を減らすための取り組みは多く行われているが,もしこのブログを読んでいるあなたが転売屋を撲滅するアイデアを持っているなら,それで一儲けできる.そのくらい,この問題には解決の糸口がない.


世界では,今もこの問題を解決するためのオークションや売買のシステムを開発している人がいる.何年も考えて,いろんな方法が生まれる.発表会の聴き手の一言でひらめいた発明なんてものもたくさんあるこの世界だ.もしアイデアがあれば,誰でも参加して,誰でもこの世界を変える権利があるのだ.


何かを解決したいなら,一度は考えてみてほしい.

 "君にできない" とは,どこにも書かれていない.

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